札幌で合気道に興味を持たれた方の中には、氣に興味があって、合気道に興味を持たれた方もいると思います。
合気道の開祖、植芝盛平は、体が黄金の光に包まれる黄金体験をし、超能力的な能力があり、氣の達人だったため、弟子が心の中で考えていたことが分かったりしましたが、
こうした話は、合気道に興味持たれた方でも知らないでしょうし、氣やスピリチュアルが好きな人には面白い話なのかもしれません。
では合気道の開祖が、どうやって心の中まで分かるようになったのかと言うと、厳しい合気道の稽古を積んだだけではなく、師と寝食を共にし、師の身の回りの世話をしながら、あらゆる気配りと気遣いをするなどして、仕えていた経験があったからです。
今は時代が変わって、そんなことが何故大事であったのかも、完全に忘れさられてしまいました。
また多少理解したとしても、色んな事情もあって中々出来ることではないため、今合気道の内弟子生活をされている人であっても、そこまでのことをやっている人はいません。
そのため合気道の世界も、今では達人がいなくなってしまったり、本当の合気道や伝統が失われたりしていますが、ただ昔みたいなことは出来ないにしても、達人になる仕組み、稽古体系、歴史を何も知らないで、達人を目指す、合気道を学ぶと言っても、まるで違う方向に行ってしまいますし、
本質を理解出来れば、工夫次第では今の時代に合わせた方法を編み出すことが出来たり、また昔と同じようには出来なくても、今の自分に出来ることは必ずあるはずなので、それを出来る範囲で行って行けばいいと思います。
そうすればアメリカの心までは分からないにしても、昔の日本人のように、ある程度氣のことが分かったり、合気道の技の形ではなく、中身、本質に近づいたり、触れることが出来たりもします。
前回、開祖に約半年の間学び、その後、大東流合気柔術の達人、佐川幸義翁の下で学んだ、木村達雄氏の著書、「合気修得への道」を紹介しましたが、その中で「先生の波長と合わせる」に書かれていることが、大東流合気柔術だけでなく、
合気道を学ぶ上での心構えや、合気道の上達のためには大事なことで、また合気道を学ぶ上での極意なのでご紹介します。
先生の波長と合わせる
先生の背後の気持ちがわからないと、合気はとても理解できません。形に出るものなら真似をすればいいですが、合気は形ではありません。一番大事なところがぜんぜん姿に出ない。
ですからもう先生と波長を合わせるしかないのです。テレビやラジオでもチャンネルを合わせて初めて見たり聴いたりできる。先生と波長を合わせて初めて見えるものがあるのです。
もし私が「秘密主義は良くない」という、合気道をやっていた頃の考えにこだわり、先生の気持ちを感じようとしなかったら、結局何もわからなかったでしょう。
私は先生にどんなに怒られようと、それは強い教えを受けたと解釈して、絶対ふてくされたり暗くなったりしないと決めていました。
また先生のような方には、心の状態を良くして会わなければいけないと思ったことが、結果として自分にも良かったのです。先生の言葉を聞く時、それをどういう気持ちで言われているかも感じようとしました。
しかし、言葉による理解は自分の経験に基づくので非常に限定されています。たとえば生まれつき目が不自由な方に青と緑の違いを言葉で説明することを考えれば、言葉の限界が分かります。
合気は何千回とやってもらって、少しずつアイディアが出て来るのです。こういう角度とかああいう角度とか、そういう物理的な問題じゃない。
しかし、本当にがんばっている者を倒せる以上は、絶対に理由があるわけです。きちんとした理がなかったら必ずできるということはあり得ません。どんなに不思議に見えても理屈があります。しかし、それをつかむのが大変なのです。
スポーツをやるにしろ、合気道を習うにしろ、やりさえすれば誰でも上達するものではなく、もし上達したい場合は先生を選ぶ必要がありますが、しかし凄い先生に習えたからと言っても、全員が同じようには上達しません。
主体性や自主性がなく、受動的であれば、当然熱意、熱量がある人ほど上達しないでしょう。
また更に先生の指導を吸収するには吸収力が必要です。それには素直さや聞く耳を持つことが大事で、つまりは先生の気持ちを読む、理解するという事です。
またそれを更に発展させると、先生と波長を合わせて先生の能力をコピーする。天才のような人は、そうしたコピー能力が優れています。