合気道は試合が無く、技が利いていなくても受けの人が約束で倒れてくれたり、非常に抽象的な所があるため、感性のある人でもなければ、非常に分かりにくく、勘違いしやすかったりもします。
そのため何も考えずただ漠然と合気道をやっても、素質のある人でもなければ、上手くなれなかったり、おかしな方向へ進んだりもするため、
札幌女性合気道では、合気道を分析して細分化したり、具体的、明確にして合気道に取り組んでいます。
たとえば合気道は、「技」「体の使い方」「氣」の三つが大事だと考えるのが、札幌女性合気道の考えです。
まず技を覚えたりしなければ何も出来ないため、技が大事であるというのは、言うまでもないでしょう。
しかし素振りをするなどして、バッティングの方法を覚えたとしても、イチローの様にはなれないように、
技の手順や形を覚えたとしても、それだけでは力を使わないで倒すなど、達人の様な事は出来ません。
それは形を真似して、何となくは似ていても中身が違うからです。
「嵐」と「やや嵐」では何となく似ていても全然違うように、形以上に中身の取り組みが大事で、札幌女性合気道ではそれが体の使い方だと考えています。
運動が得意でない人は、どんなに頑張っても、運動が上手くなれなかったりしますが、そんな人でも、
体の使い方に取り組めば、その人次第で誰でも変わって行くことが出来、上達していくことが可能です。
札幌女性合気道に来てくれている60歳の女性は、人一倍鈍いというか不器用で、合気道をやっても全く上手くならないタイプですが、
何を言ってもこちらの言うこと素直によく聞いてくれるため、その人なりに吸収していき、少しずつ上達しています。
そのため教えていても教えがいがあり、面白く感じていますが、本人からも「至福の時を過ごさせて貰っています」と言って貰えました。
しかしもし質を変える方法ではなく、本人の延長で行うのであれば、下手な人、鈍い人は、下手なまま、鈍いままだし、人生も同じような人生のままでしょう。
また合気道で力を使わず倒すとか、年を取っても衰えないというのは、常識とは全く違う考えですが、
自分の考え、自分のやり方など、常識でやる限りは、たとえ合気道をやったとしても、当然常識的な結果にしかなりません。
しかし今までやったことのない様な、体の質を変えて行くことによって、初めて今までとは全く違う結果を出すことが出来るのです。
日本の昔の武術の世界でも、「力を抜けば抜くほど力が出る」と言われましたが、自分の考えであれば、
そんな訳ないだろ、嘘つくな、それは間違っているとなりますが、体の使い方に取り組み続けることによって、その意味や重要性が次第に分かって来ます。
なんでも自分の頭や心、体の癖でやるのが一番楽なため、合気道も自分の癖でやるのが一番楽ですが、
体の使い方に取り組むというのは、それとは逆に癖を変え、自然の理に適った使い方に変えていくものであるため、面倒くさかったり、やりづらかったりします。
ただその分健康になったり、上達したり、新しい世界を見れたり、奥の深い世界、達人の世界を少し垣間見ることが出来たり、人によってはそれが至福の時間であったりもする訳です。
何が好きか、自分がどうしたいかは人それぞれなため、もしそうしたことが好きな方がいましたら、札幌で体の使い方に取り組む合気道を札幌女性合気道でやりましょう。